竜平

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無事イベントを終えました

荷物の搬出も終え、いつもの六島に戻りました。11/4、11/5と六島オクトーバーフェストにお越しくださった皆さま、ご協力下さった出店者の皆様、ボランティアスタッフの皆様、アーティストの皆様、そして、六島の皆様、笠岡市役所の皆様、本当にありがとうございます!僕が小さい頃から大好きだった六島の良さ、そして、大人になって笠岡に来てから繋がり、応援してくださった人々が住まわれる地域のすばらしさを改めて体感した一年六ヶ月。課題がクローズアップされ続ける過疎地域。六島はその最たる部分と認識しておりますが、僕が六島に根差して活動するにあたって想像していた可能性、見えてきた可能性はやはり素晴らしいものであると確信します。大阪から移住して生活の知恵なんて皆無でした。魚のさばき方、魚のえさの捕り方、食べれる野草、薬効のある野草、畑の作り方などの知恵を地域の方から授かりました。そしてビールづくりをはじめ、地域の行事、様々な活動において、自分一人の力で環椎したものはなく、常に地域の方々が支えてくれました。沢山の方々のお力で形になった二日間。素敵なひと時でした。今後とも継続できるように尽力する所存ですので、皆様、よろしくお願いいたします。※こちらに掲載している写真は地元の凄腕カメラウーマンの方からお借りしておりますmm

相澤さんの麦稈真田(ばっかんさなだ)づくり

☝※写真は相澤さんからお借りしてます。私が福祉施設でお年寄りとお話ししていたとき、昔のお仕事についてお話してくださることが多かったです。それは私の祖母も変わりません。昔話で出てくる半分以上はどんなことをしてご飯を食べていたかです。僕たちが年を取った時、若い世代にこのような話を伝えれるようにならないとと少しばかり使命感が湧きます。さて、祖母や農業をされていた方の多くは、「ばっかんさなだ」という単語をよく口にされていました。私はこの単語を32歳にしてはじめて聞きました。ですから単語を聞いても意味が分からなかったので、詳しく聞いていると、ようよう麦わらを編んでひも状にしたものというイメージが理解できました。生まれてからずっと関わってくれた祖母が83才になって初めて教えてくれたこと。それは貴重な日本の手仕事。私と同じ時期に笠岡に移住し、金浦に住んでいる相澤さんは、長野県出身。小さい頃から麦わら帽子が大好きで、中学生の時に一度作ったそうです。そのあまりの出来栄えの悪さに腹を立てて捨ててしまったのだとか。そんな相澤さんは金浦に来て普段の生活からお年寄りと会話してい内に「麦稈真田」を知ったそうです。そう、これは麦わら帽子の材料そのもの。相澤さんも私と同様、移住してからモノづくりの本質に触れたわけです。イベント当日は、石田製帽さんが真田紐をミシンで編み上げ、帽子を作ります。その横で相澤さんは、金浦のお年寄りから学んだ真田紐の作り方を披露します。「真田紐づくりってとっても難しいんですよ」と誇らしげに言う相澤さん。相澤さんに技術を教えた町のお年寄りはこの姿を見るとさぞ喜ばれるに違いありません。昔の途絶えつつある手仕事に敬意をもって学ぶ若者の姿。いいですね。ゆっくり話しながら真田紐を編んでみると、当時の歴史や情景が浮かんでくるかもしれませんね^^

北木島のKUNIさん

北木島に仙人がいるという噂が高梁川流域に広がり始めたのは数年前。自分探しの旅をしている学生さんや、自然な暮らしを望む人々、アーティスト、音楽家が彼の元を訪れるようになりました。そして1度訪れた人は必ずリピーターになって再び彼のもとに現れるというのです。この人物はいったいどんな魔力を持っているのだろうと会いに行ったのが3年前。そこには仙人と噂された堅いイメージではなく、とてもフランクで知的な平和を愛する男性が自給自足を取り入れながら普通に暮らしていました。普通といっても、広い荒れ地を耕し、有機栽培で食べるものを育てたり、ヤギを放し飼いし、その乳を飲んでいたり、都会からしては普通の暮らしではないのですが、いざ彼のパーソナルスペースに入ると、それが当然の生活のように感じてしまうのです。気付けば夜なり、酒を交わしながら歌を歌ってました。なるほど、これが生きてることなのか。クニサンの生活は消して便利なものではありません。大汗かきながら畑を耕し、作物を育て、自然の恵みをいただく。時にはイノシシに作物をやられ、落ち込んでる姿も見ました。しかし、端から見たらタフな生活でもクニサンは仲間に囲まれながらマイペースに生活しています。そんな島を愛し、島に愛されるクニサンの奏でるグルーヴは、都会の喧噪に辟易した若者の心のオアシスとなるでしょう。今年もまたクニサンの魔力に魅了される若者の姿が目に浮かびます。

島のやさしい電器屋トンさん

芸人の千鳥で有名な北木島にユニークな電器屋さんがいらっしゃいます。その出会いは北木島で行われた平和の祭典、ピースフェスティバルにて。世界の平和を願いながら、一日中音楽や踊りを楽しむというもの。半ば無人島に近い楠という場所に似つかわしくないイカツイサウンドシステムがありました。大人一人入るくらいの大きなスピーカーにテント一杯の音響機材。無数のケーブルにまみれながら、それを嬉しそうにセッティングしていたのがこのトンさんでした。何処の業者でもなく、島のちいさな電器屋さんです。思わず話しかけると、どうやらトンさんは歌も歌うらしい。「このセットから見てパンクか!?メタルか!?」しかし、予想から大きく外れいざトンサンのライブが始まったら、何とも優しい昭和のフォークサウンドを彷彿とさせるオリジナルのPOPSでした。大きなサウンドセットから聞こえてくる優しい歌声とギターの音色に包まれながらビーチで微睡んでいたのを思い出し、これを是非六島で味わいたいと思い、声を掛けたところ快諾いただきました!ビール片手に優しい昭和のグルーヴに身をまかせながらノスタルジーに浸りませんか?当日が楽しみでございます!島のやさしい電器屋トンさん、お待ちしてます🍺